事業承継は相続税対策から始めない|最初に整理すべき会社・株式・家族のこと
事業承継というと、最初に「自社株の評価額をどう下げるか」「相続税をどう抑えるか」といった税金の話を思い浮かべる方が多いのではないでしょうか。
もちろん、相続税対策は重要です。
しかし、事業承継の目的は、相続税を減らすことではありません。
本来の目的は、会社の事業、経営権、従業員、取引先との関係を、次の世代へ安定して引き継ぐことです。
税額を抑えることができても、相続後に家族間で争いが起きたり、株式が分散して経営判断ができなくなったりすれば、事業承継に成功したとは言えません。
本記事では、社外CFOとして事業承継に伴走してきた経験をもとに、相続税対策より先に整理しておきたい事項について解説します。
事業承継では、相続対策と相続税対策を分けて考える
事業承継の相談では、早い段階から次のような話になることがあります。
「自社株の評価額を下げたい」
「できるだけ相続税を抑えたい」
「事業承継税制を利用できないか」
これらは重要な検討事項です。
ただし、相続対策と相続税対策は、同じものではありません。
相続税対策では、財産の評価額や税負担、納税資金などを検討します。
一方、相続対策では、次のような問題を整理する必要があります。
- 誰が会社を引き継ぐのか
- 自社株を誰に持たせるのか
- 事業を継がない家族に、どの財産を残すのか
- 遺留分にどのように配慮するのか
- 配偶者や家族の生活をどう守るのか
- 相続後も会社が安定して意思決定できるか
事業承継では、税額だけではなく、会社の経営と家族の関係を含めた全体設計が必要です。
そのため実務では、相続税対策よりも先に、誰に何を引き継ぐのかという民法上の問題を整理した方がよいケースが少なくありません。
相続では、財産の金額だけで納得感は生まれない
相続財産をできるだけ公平に分ければ、家族全員が納得するように思えるかもしれません。
しかし、人の納得感は、財産の金額だけでは整理できません。
相続をきっかけに、次のような子どもの頃の記憶が持ち出されることがあります。
「兄は私立の学校に通わせてもらったのに、私は公立だった」
「妹だけ留学させてもらった。自分も行きたかったが我慢した」
「自分だけ、親から大切にされていなかったように感じていた」
一見すると、事業承継や財産の分配とは関係のない話です。
ところが、相続が発生すると、何十年も前のわだかまりが表面化することがあります。
表面上は財産の分け方をめぐる争いであっても、その背景には、
「自分だけ不公平だった」
「自分の気持ちを理解してもらえなかった」
「自分は家族から大切にされていなかった」
といった感情が隠れている場合があります。
そのため、相続や事業承継では、計算上の公平だけでなく、家族それぞれがどのように受け止めるかという納得感も考える必要があります。
「争続」を避けるために、遺言書で意思を残す
家族関係に不安がある場合や、自社株などの事業用資産を特定の後継者へ集約したい場合、遺言書は重要な対策の一つです。
遺言書を作成する際には、単に「誰に何を渡すか」だけでなく、次の点も整理しておく必要があります。
- なぜ、そのような分け方をするのか
- 後継者にどの財産を集約するのか
- 事業を継がない家族には何を残すのか
- 配偶者の生活資金をどう確保するのか
- 遺留分にどのように配慮するのか
- 相続税や遺留分に対応する資金をどう準備するのか
特に事業承継では、後継者に自社株を集中させる一方で、それ以外の家族との財産上のバランスを取る必要があります。
遺言書を一度作成した後も、家族や会社の状況、本人の考え方が変われば、内容を見直すことができます。
最初から完璧な計画を作ろうとするのではなく、まずは現時点の意思を形にし、定期的に更新していくことが大切です。
自社株は可能な限り後継者へ集約する
会社の株式は、単なる資産ではありません。
株式には、会社の重要事項を決定する権利が伴います。
相続によって自社株が複数の兄弟姉妹へ分散すると、当初は問題がなくても、次の相続、その次の相続を経るうちに、会社の経営に関係のない株主が増えていく可能性があります。
株主が分散すれば、次のような問題が生じることがあります。
- 重要事項の意思決定に時間がかかる
- 経営に関与しない株主から配当や株式の買い取りを求められる
- 親族間の関係が会社経営に影響する
- 株式が第三者へ移転する
- 後継者が安定した経営権を確保できない
そのため、事業承継では、後継者または後継予定者に自社株を可能な限り集約することが基本的な考え方になります。
ただし、自社株を後継者へ集中させる場合には、ほかの相続人の遺留分や生活資金とのバランスも考えなければなりません。
株式だけを見て判断するのではなく、預貯金、不動産、保険などを含めて、家族全体の財産配分を設計する必要があります。
会社が利用する不動産の承継にも注意する
後継者へ集約すべきものは、自社株だけとは限りません。
中小企業では、会社が使用している工場、店舗、事務所、土地などが、会社名義ではなく社長個人の名義になっていることがあります。
このような状態で相続が発生すると、自社株は後継者が取得したものの、会社が利用する不動産は別の相続人が取得するということが起こり得ます。
その場合、会社がその不動産を継続して利用できるかどうかが、相続人同士の関係に左右されることになります。
事業継続に欠かせない土地や建物については、次の点を確認しておく必要があります。
- 現在の所有者は誰か
- 会社との賃貸借契約はあるか
- 後継者に承継させる必要があるか
- ほかの相続人の遺留分にどう対応するか
- 相続税や取得資金をどう準備するか
株式と事業用不動産を別々に考えるのではなく、会社を継続するために必要な資産として、まとめて検討することが重要です。
最初に決めるべきは「会社をどうしたいのか」
事業承継では、すぐに手法の話へ進みがちです。
- 親族内承継にする
- 社員へ承継する
- M&Aで第三者へ売却する
- 自社株の評価額を下げる
- 税制上の特例を利用する
しかし、一番最初に考えるべきなのは、手法ではありません。
最初に経営者が向き合うべき問いは、
「この会社を、これからどうしたいのか」
ということです。
例えば、次のような意思を整理します。
- 家族に会社を継いでほしい
- 長年勤務している社員に託したい
- 従業員の雇用を守りたい
- 地域や取引先との関係を残したい
- 第三者へ売却して事業を存続させたい
- 自分の代で事業を終えることも検討したい
経営者の意思と会社の実情を整理して、初めて具体的な手法を検討できます。
先に手法を決め、その後で会社や家族を手法に合わせようとすると、無理が生じます。
まず目的を決め、その目的を実現するための手段として、株式移転、相続対策、税務対策、M&Aなどを検討することが重要です。
事業承継の準備は家系図と資産一覧から始める
何から始めればよいか分からない場合は、まず家族と会社の状況を見える化します。
最初に、家系図をもとに次の内容を整理します。
- 現在の法定相続人
- 将来、法定相続人となる可能性がある人
- 会社を継ぐ可能性がある人
- 事業を継がない家族
- 配偶者や家族の生活状況
- 家族間の関係や過去のわだかまり
次に、会社と経営者個人の資産や負債を並べます。
- 現在の株主構成
- 自社株の概算評価
- 事業用不動産の所有者
- 会社と個人の借入金
- 経営者保証
- 預貯金や有価証券
- 生命保険
- 退職金の見込み
- 相続税や株式取得に必要な資金
家族の状況と会社の状況を別々に整理するのではなく、一枚の地図として並べることが大切です。
状況を見える化するだけでも、何を優先して対策すべきかが分かりやすくなります。
相続税対策は、事業承継を実現するための手段
相続税対策は重要です。
しかし、相続税を減らすこと自体が、事業承継の目的ではありません。
まず考えるべきなのは、
- 会社を誰に託すのか
- どのような状態で引き継ぐのか
- 経営権と株式をどう移すのか
- 後継者以外の家族にどう配慮するのか
- 従業員や取引先をどう守るのか
という事業承継全体の設計です。
その設計ができた後で、相続税、贈与税、株価、納税資金などの対策を検討します。
税金を抑えることができても、会社が不安定になったり、家族が争ったり、後継者が経営を継続できなくなったりすれば、本来の目的を達成したことにはなりません。
目的と手段を取り違えないことが重要です。
社外CFOが事業承継で支援できること
事業承継には、経営者、後継者、家族、従業員、金融機関、税理士、弁護士、司法書士など、多くの関係者が関わります。
それぞれの立場や専門分野が異なるため、議論が税務、法務、株式、M&Aなどの個別論点に偏ってしまうこともあります。
社外CFOの役割は、特定の手法を一方的に勧めることではありません。
会社の財務状況や資金面を客観的に整理した上で、経営者と後継者が同じ情報を共有し、よりよい意思決定ができる環境を整えることです。
例えば、次のような問いを一緒に整理します。
「経営者は、本当は会社をどうしたいのか」
「後継者は、何を不安に感じているのか」
「承継を妨げている問題は何か」
「その問題を解決するために、どのような選択肢があるか」
「それぞれの選択肢には、どれだけの資金が必要か」
必要に応じて税理士、弁護士、司法書士などと連携しながら、会社と家族の双方にとって納得できる事業承継を支援します。
何も決まっていない段階から準備を始める
事業承継は、社長交代の直前に始めるものではありません。
後継者がまだ決まっていなくても、家族関係、株主構成、会社の財務状況、借入金、個人保証、事業用不動産などを整理することはできます。
「まだ何も決まっていないから相談できない」のではありません。
何も決まっていない段階だからこそ、選択肢を比較し、準備を始める意味があります。
まずは、
「この会社を、これからどうしたいのか」
という問いから始めてみてください。
この問いに経営者自身が向き合うことが、事業承継対策の第一歩です。
事業承継についてお悩みの経営者様へ
UKPでは、事業承継に向けた財務状況の整理、株主構成や資金面の課題の洗い出し、承継計画の検討などを、社外CFOの立場から支援しています。
後継者が決まっていない段階や、何から整理すればよいか分からない段階でもご相談いただけます。
税務・法務上の対応が必要な場合は、税理士、弁護士、司法書士などの専門家と連携しながら進めます。